風を掬う者(先行版)

人間の愚かさ、そして死をテーマにしたオリジナル小説

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壱章/人斬り/挿話弐拾伍/孤独に呑まれる男

虎士郎は玄関先まで木下先生を見送りに出て、
母の部屋に戻って来ていた。
お園はもう泣き止んでいる。
虎士郎は母の寝ている布団の隣で座し、
黙り込んでしまった。
お園も虎士郎に話し掛けたりもせず黙って、
ただ虎士郎の母を見守っているようだった。
そのまま、どれくらいの時間が過ぎたであろうか。
外はもう日が暮れ始めていた。
沈黙を破り、虎士郎がお園に声を掛ける。
「そろそろ日も暮れるから家にお帰り」
「うん。でも大丈夫?」
「ちょっと母と二人きりにして欲しいんだ」
「あ、そうだよね。ごめんね、気が利かなくて」
「そんな事ないよ。お園ちゃんには今まで、
色々と助けてもらってきたからね」
「ありがとう。
それじゃ今日はそろそろ帰らせてもらうね」
「こちらこそ、いつもありがとう」
虎士郎はお園を見送りに出た。
「また明日来るね」
お園は別れ際にそう言って、家へと帰って行った。
虎士郎は再び母の部屋に戻り、
母の寝ている布団の隣に座し、
母の手を握りながら、じっと母の顔を見つめていた。
虎士郎にとっては、
母だけが唯一心を開ける存在であった。
父や虎太郎からは隠岐家の恥晒しと罵られ続け、
虎次郎や虎三郎にはそこまでされる事はなかったが、
虎太郎も含めた兄達には、
強い劣等感を感じずにはいられなかった。
そんな虎士郎にとって母は、
唯一無二の存在であった。
その母も、今まさに、天へと召されようとしていた。
しかし、実は、
母をここまで追いやった要因の殆どは、
虎士郎自身の所為に因るものなのである。
父の源太郎、そして虎次郎と虎三郎を斬り殺したのは
虎士郎なのであった。
しかし、虎士郎はその事は覚えていない。
虎士郎が眠りに就くと出てくる、
もう一つの人格がやった事なのである。
本人の自覚が無いとはいえ、
なんと哀しい事なのだろうか。
その哀しみには気付くべくもなく、
虎士郎は今まさに、
孤独という化け物に呑み込まれようとしていた。
虎士郎はこれまでもずっと孤独は感じていた。
しかし母の存在が寸前で、
虎士郎を孤独から救っていたのである。
その母も、もうすぐ、天へと召される事となる。
虎士郎は寂しかった。
虎士郎は悲しかった。
しかし涙すら出て来ないのである。
勿論、お園に先に泣かれてしまったので、
自分が泣く機会を逸してしまった事も考えられるが、
それでも尚、母の死を目前にしながら、
泣く事すら出来ない自分自身が、
どうしても許す事が出来なかった。
ふと、急に、母の寝息が聞こえなくなった。
虎士郎は母の胸に耳を当てた。
何も聞こえない。
突然、虎士郎の中で何かが変わった。
虎士郎は気を失った。
いや、もう一つの人格に意識を奪われた。
とうとう虎士郎は、
孤独という化け物に呑み込まれてしまったのである。
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  1. 2016/03/04(金) 05:30:23|
  2. 壱章/人斬り
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